2019年5月13日月曜日

やりたいことをやる。川上村で見つけた、これからの地域おこし

川上村では、色んな人が参加しながらホームページを使って情報発信する「 むらメディアをつくる旅 」を開催しています。今回は元地域おこし協力隊であり、今も川上村で活動されている竹中雅幸さん、岩本寛生さん、エリック・マタレーゼさんにインタビューし、インタビューに参加した3名(山本ひろとさん、大前風花さん、岡田駿さん)が記事を作りました。川上村のホームページには山本さんの記事を代表例として掲載しています。本記事では、大前さんが作った記事を掲載します。

やりたいことをやる。川上村で見つけた、これからの地域おこし

「むらメディアをつくる旅」、今回は地域おこし協力隊として川上村にやってきた竹中雅幸さん、岩本寛生さん、エリック・マタレーゼさんの3人にお話を伺いました。

この3人に共通するのは「地域おこし協力隊」として川上村にやってきたことだけ。出身地や今の活動も異なる3人ですが、このインタビューを通じてある共通点が見えてきました。

●3人が川上村にやってきたきっかけといま

(左からエリックさん、岩本さん、竹中さん)

エコツアーガイドとして川上村の自然の魅力を案内している竹中さん(あだ名はちくちゅーさんです)は、以前は大阪でサラリーマンとして会社に勤めていたそう。

ちくちゅーさんが自然の魅力にはまったのは、大学生のとき。

根っからの文学少年だったちくちゅーさんは文芸部への入部を希望し、部室を訪れたそうですが、部室が閉まっていたそう。そこで山岳部に勧誘されそのまま…。そこから自然の魅力にはまっていったそうです。

川上村のことはたまたま「日本仕事百貨」のイベントで知り、行ってみた、とのこと。思っていたよりもスギやヒノキが多く、ちくちゅーさんのイメージとは少し違った部分もあったようですが、初めて知ることも多く、勉強になる、と移住を決めたそうです。

岩本さんも同様に「日本仕事百貨」のWEBサイトでたまたま川上村のことを知ったそうです。はじめは地域おこし協力隊という制度も知らなかったそうですが、元々地域に住んでみたいという気持ちがあったそうです。そこでFacebookで川上村の地域おこし協力隊が活動する様子を見たり、村長へのインタビュー記事を読んだりして、川上村への移住を決めたそうです。

いまは集落支援員として『やまいき市』というプロジェクトに取り組まれています。地域の人が育てた野菜や特産品を青空市で販売するプロジェクトです。野菜や農業については詳しくなかったそうですが、今までにない経験ができることに魅力を感じ、前任の協力隊員から引き継いでこの活動を続けているそうです。

エリックさんはアメリカのロサンゼルス出身。以前からの友人だった地域おこし協力隊の1期生の方の結婚式を機に川上村を訪れ、村の魅力を知ったそうです。元々は会社で翻訳の仕事をしていたそうですが、日本語は英語と比べて1つの単語にたくさんの意味があるため、余計な情報を入れてしまって上司に怒られることがあったそう。そんなときに協力隊の応募が始まったことを知り、自分の言葉で日本語の魅力を活かした翻訳や文章を書き、発信したいと思い、応募したそうです。

現在は翻訳・通訳の仕事のほか、『anaguma文庫』にて日常の生活をつづったり、「月刊ソトコト」にて『上流の日々』を連載したり、『オイデ新聞』を発行したり、日本語と英語で村の魅力を発信しています。2019年の3月に協力隊の任期を終え、4月からは岩本さんと同じく集落支援員として川上村での生活を続ける予定だそうです。

●川上村にやってきて、それから

そんなこんなで川上村にやってきて、生活をつづける3人ですが、地域おこし協力隊の任期は一般的には3年とされています。

地域おこし協力隊の約4割は任期を終えるとその地域を離れてしまうそうなのですが、任期が終了してもなお、

川上村に残る理由は?
想像と違ったところはなかったのか?
いまの活動を続ける理由は?

そんなことについても聞いてみました。

ちくちゅーさんは川上村の「顔が見える距離感が好き」だといいます。
てっきり村の自然の風景や、ゆたかな緑、などといった答えが返ってくるのかと思いましたが、ちくちゅーさんとしては、イメージしていた「山」とは少し違ったそうです。思っていたよりもスギやヒノキが多く、広葉樹が少ない、とのこと。それでも村での暮らしをつづけようと思ったのは「顔が見える距離感」がよかったと思ったから。
以前大阪に住んでいた時は向かい側に住む人の顔を2回くらいしか見なかった、と。それに対して川上村には近すぎず、遠すぎない、程よく顔が見える距離感があり、今では大阪よりも地元のように感じていて、川上村こそ自分がいるべき場所だと思えたそうです。

協力隊はあくまで手段であった、というちくちゅーさん。協力隊という制度を通じて自分が何をしたいのか、が大事だというちくちゅーさんは、協力隊着任初年はいろんなところに行った、といいます。任期を終える3年後のことはそのときはなにも考えていなかった、といっていましたが、自分の好きな場所で、好きなことを仕事にしている。多くの人が理想的だと思いそうなことを、ちくちゅーさんは川上村でかなえることができたのではないでしょうか。そこにはちくちゅーさんの好きなことに対する愛情と情熱があったからだと思います。


次に岩本さんに川上村の魅力について聞くと、「正直わからない」との答えが返ってきました。
それでも任期を終えても川上村に残ることを決めたのは、協力隊としての3年間でつくってきた村の人たちとの関係性、そして活動を応援してくれた人たちの気持ちに応えたい、という思いがあったそうです。そのつながりを捨ててでも都会に行こうという気持ちにはならなかった、だから村での暮らしや『やまいき市』の活動を続けている、とのことでした。

任期を終えるとき『やまいき市』をどうしようかと悩んだ、という岩本さん。それでも活動を続けることを決めたのは、野菜を出してくれているおじいちゃん・おばあちゃんたちがいたからだといいます。野菜を袋詰めして値札を貼って、という大変な作業を5年間毎週続けてきてくれた人たちのために、「やまいき市」を続けていくことを決めたそうです。

「いまは野菜をどれだけ売ることができるか、それだけを考えて毎週やっている。」という岩本さん。
『やまいき市』の名前の由来は「山いきさん」という言葉で、山に行って間伐や枝打ちなどを行い、山を生かす林業のプロのことをいいます。ちくちゅーさんも言っていたように、川上村の山々にはたくさんのスギやヒノキが茂っていますが、岩本さんはそういった直接的に木に触れる林業ではなく、山でできた野菜の販売を通じて山を活かしている、「山いきさん」なのではないかと思いました。


最後にエリックさんに聞くと、「好きなことをやっている人が多いところ」だといいます。

エリックさんが教えてくれたのは、川上村でとち餅をつくる方の話でした。とち餅づくりは夏が終わると、3か月かけてあく抜きをしなくてはいけないなど、とても面倒で大変な作業。でもその人はすごく楽しそうにその話をしてくれた、といいます。それは他人から見れば大変な作業であっても、自分にとって楽しくて、好きなことであるからやっていること。そんなふうに自分の好きなことをやっている人がたくさんいるところが川上村の魅力だとエリックさんは教えてくれました。

エリックさんは村の方から、「村に残ることが申し訳ない」「自分の人生を犠牲にしなくていい」と言われたことがあるそうです。村のために活動することがいいのか、ここにいてはもったいないのではないか、と言われることも。

でもエリックさんは自分が今の活動が好きだから続けている、といいます。エリックさんにとって村についての文章を書くことも、村での生活をつづけることも、どちらも自分が好きでやっていることなのです。誰かに強要されたわけでも、何かを我慢しているわけでもない。

自分の好きなことを、自分が好きだから続けている。そんなエリックさんが優しい日本語でつづる村についての記事からは、好きなことと好きな場所への愛に満ちた想いが伝わってくるような気がしました。

●川上村でのこれから

最後にこれからの展望についてお聞きしました。

ちくちゅーさんは、「とりあえず続けたい」。
「年間に数百人のお客さんが来てくれていて、リピーターも多い。3人兄弟の1番下の子が年齢制限を下回ってしまうこともあり、参加できなかった人が数年後その子をまた連れてきてくれる時にもちゃんとツアーをやってていたい。子育て世代が子どもと一緒に来てくれることが多く、数十年後、その子供たちが大人になった時にもやっていたい。」

はじめた当初は、村の人から「それが仕事になるのか」と言われることもあったそう。村の人にとって山は林業の場所であったため、山でのツアーが仕事になるというイメージがなかったそうです。ダムに対するイメージも賛否があるため、ダム湖を使ったカヤックに対してよく思っていない人もいたという。

だけど、「今のフィールドをもっと深堀りして、すべての魅力を知り尽くしたガイドになりたい。天候に左右される不安定な仕事だけど、これからもプラスαを考えて、奈良県の自然のスペシャリストになりたい。」

ちくちゅーさんの語る夢はまるで海賊王を目指す船長のように壮大だと思いました。
座右の銘は「過程を楽しむ」。途中のプロセスも楽しみながら10年、20年と続けていきたい、そう語るちくちゅーさんの自然を愛する気持ちや行動力は、いつか奈良県が自然観光大国になりそうな、そんな予感さえ浮かぶ、大きく、計り知れないものでした。


岩本さんは『やまいき市』のこれからについて、とりあえず後輩の協力隊員が活動を引き継いでくれることになった、と一安心した様子でした。

「『やまいき市』の主役は野菜を出しくれるおばあちゃんたちだから、今よりもさらに活動に参加してもらい、一緒になって盛り上げていきたいと思っている。いまは任意団体だけど法人化していきたい。」

『やまいき市』に買いに来てくれるのは村の人が多いそう。買いに来てくれるのはうれしいし、アンケートにはもっとこんな野菜も欲しい、とか品数を増やしてほしいなどといった声もあり、それに応えていきたいと思っている、と語る岩本さん。引き継いだあともきっと変わらず、『やまいき市』の活動に燃えていそうな気がしました。

ちくちゅーさんの燃え盛るような熱とは違い、密かに燃えたぎる気持ち、という印象が岩本さんにはありました。川上村で好きになった人たちのために活動する岩本さんは、川上村の新しい形の「山いきさん」としてこれからも密かに情熱を燃やしているのではないでしょうか。もしかしたら数年後には野菜を作る側になっているかもしれないし、『やまいき市』のフィールドから別のフィールドになっているかもしれません。そんな未来は岩本さん自身も想像していないことかもしれませんが、大切にしたい人たちのために活動する川上村の新しい「山いきさん」の今後に大注目です。


エリックさんは4月から集落支援員になり、協力隊よりも収入が減るので仕事を増やしたいと考えている、と言っていました。

「ソトコトの連載や『オイデ新聞』の発行などは〆切があるのに対し、自分のブログや冊子は期限がないのでそこが難しい。」と言っていましたが、日本人よりも日本語を愛し、川上村を愛するエリックさんの書く村についての文章をわたしはもっと読みたいと思いました。

「みんなにやさしくしてもらったので村のために何か返したい」その想いから始まった『anaguma文庫』や『オイデ新聞』。『オイデ新聞』も元々は「川上村においで」というのが名前の由来だそうで、村の魅力が発信されていないのがさびしい、といいます。

「吉野林業500年の歴史など、川上村にはすごいところがたくさんある。でもそれ以外にももっと魅力がる。自分が住んでいるのは平均年齢72歳の集落だけど、夜になると集落が真っ暗になるので、区長が空いている東屋に電気を通して人が集まれる場所をつくった、などという話はメディアには出てこない。」

だから自分が村の魅力を発信していこう、とエリックさんは文章を書き始めました。川上村での「あそこのあの人」や、「あ~あの人ね」などという話は英語で表現するのは難しいところがあるそう。でもそこが日本語の魅力だというエリックさんは、これからも川上村という奈良の山奥から村の魅力と、日本語の魅力を世界中に発信してくれるのだと思います。


●村のためよりも…

今回のインタビューを通じて私が感じた3人の共通点は、自分の好きなことを自分がしたいからしている、ということです。

「地域おこし」というと

その活動は地域にどんなメリットがあるのか
その活動をすることで地域にどんな効果が見込めるのか、

こういったことが重要視される傾向にあると思います。
しかし今回インタビューした3人をはじめとする、川上村で活動をする人の多くは

「自分が好きで、やりたいからやっている」

そういった想いを持つ人が多いように思いました。
自分がしたいことを精いっぱいやる、多くの人のそんな想いが詰まったこの村は、いろんなものが揃っている都会よりも魅力的にわたしは感じました。

4月から大学の4回生になり、まわりが就職活動をはじめたわたしは
〈自分がやりたいことをやるというのは、大人になればできなくなるんだな〉
そう思っていたのですが、どうやらそんなことはないようです。

好きなことへの愛情と情熱を忘れず、好きなことに全うする、
社会に出るにおいて大切なことを教えてくれた3人にお話を伺えたこと、そんな機会に巡り合えたことに感謝したいと思います。


2019年5月10日金曜日

「今を楽しんでいく 千里の道も一歩から」~川上村 地域おこし協力隊物語~

川上村では、色んな人が参加しながらホームページを使って情報発信する「 むらメディアをつくる旅 」を開催しています。今回は元地域おこし協力隊であり、今も川上村で活動されている竹中雅幸さん、岩本寛生さん、エリック・マタレーゼさんにインタビューし、インタビューに参加した3名(山本ひろとさん、大前風花さん、岡田駿さん)が記事を作りました。川上村のホームページには山本さんの記事を代表例として掲載しています。本記事では、岡田さんが作った記事を掲載します。

「今を楽しんでいく 千里の道も一歩から」~川上村 地域おこし協力隊物語~
 
皆さんは、今までの自分の人生の中で経験したことがないことに直面した時、わくわくや不安でいっぱいではないでしょうか?今回インタビューを行った川上村の元地域おこし協力隊の3人はそのような中で、がむしゃらに今あることに向かって全力で取り組む人たちばかりでした。


1人目は岩本寛生さん。「日本仕事百貨」というWebサイトで、川上村の地域おこし協力隊が自由に自分の好きなことに取り組んでいることを知り、地域おこし協力隊に応募を決意した。先輩の地域おこし協力隊が始めた「やまいき市」を継承し存続することを第一に、日々取り組んでおられる。今取り組んでいる活動を大切にしながら日々を送っている。


2人目は、竹中雅幸さん。学生の頃に登山部に所属していたことから、山や川に対する愛着心が生まれた。林業が盛んな川上村では、森林ならではの経験を得ることができた。自分のやりたいこと、楽しいと思うことにどんどん取り組んでおられ、結果として村の賑わいに寄与している。例えば現在は2人の仲間とともに『山遊び塾 ヨイヨイかわかみ』という団体を主宰して、村内にある滝や洞窟に案内するプログラムを実施しており、普段は自然に触れる機会が少ない都会暮らしの人々を魅了している。


3人目は、エリック・マタレーゼさん。アメリカ出身で、友達の縁をたどって川上村にやって来た。前職で翻訳作業に従事していたことから、村の人々に独自で取材を行い、文脈では伝えきれないニュアンスや文化を英語で表現。日本語、英語併記の絵本を出版。今では京都や大阪の本屋さんでも販売されている。

●三者三様の”活動の原動力”


現在の活動の原動力は三者三様である。岩本さんの原動力は、任期中に生まれた地域の人たちとの関係性。いつも元気に声をかけてくれる地域の人たちや、野菜を提供してくださるおばちゃん達に、活動を通して恩返しをしていきたいと感じている。もしやまいき市をやめてしまったら、いつも頑張って野菜を提供してくださる人たちの努力が目で見えなくなってしまい、それはもったいないということである。

竹中さんの原動力は、今やっていることを楽しむことである。たとえ結果がどのようなことになっても、そこに至る過程を楽しんでいれば、きっと後で振り返った時には「よかったな」と感じることができるそうだ。次に自分たちのプログラムに参加してもらう時には、もっと楽しんでもらえるように、また何度も参加してもらえるように、この活動を継続できるように頑張っていきたいそうだ。

エリックさんの原動力は、村の人たちへ恩返しをしたいという気持ちである。初めて川上村を訪れた時から村の人たちは優しくもてなしてくれたことから、自分の特技である取材と翻訳のスキルを活かして、村内外へ発信を行っている。エリックさんは「川上村にはおもしろい人がたくさんいる」とおっしゃる。私自身もすごく共感した部分で、川上村への訪問は2回目であったが、心優しい方ばかりだった。次に来るときには、第2の故郷になりそうだ。

●3人の今後について


最後に、現在抱えている課題と今後の展望について伺った。

岩本さんは、任意団体として取り組んでいるやまいき市を法人化して、運営体制を整えていきたいそうだ。野菜を提供してくださる人たちにも、もっとやまいき市の運営に参加してもらいたいとのこと。継続していくためには必須条件なのかもしれない。

竹中さんは、SNSやブログを活用してもっと発信していく必要があるとのこと。まだまだ川上村にはあまり知られていないスポットがあり、もっと多くの人たちに知ってもらいたいとことである。今後は川上村にとどまることなく、奈良県の他地域とも連携して、奈良県のスペシャリストになれるように頑張っていきたいそうだ。

エリックさんは、日々の作業に追われてしまい、どうしてもウェブ販売や営業が後手になってしまっているとのことである。そのためSNSをどんどん活用して、日本を訪れる外国人観光客のサポートや村の観光振興にも力を入れたいとのことであった。

●続けていくことの大切さ

今回、お三方のお話を聞いて感じたのは、続けていくことの大切さだ。「石の上にも三年」ということわざもあるが、当初は事業が上手くいくか分からなくても、続けていくことで周りの反応も変わってくるもの。自分の軸をしっかり持って行動されている姿は、かっこいいなと感じた。好きなことを仕事にできることがどれだけ幸せなことか考えさせられる一日となった。これからも元地域おこし協力隊も含め、川上村の動向に注視してもらえれば幸いである。

2019年1月24日木曜日

人口約1300人の村役場。 都会の役場とはちょっと違う、利害を超えた「村民と役場」の関係とは。

川上村では、色んな人が参加しながらホームページを使って情報発信する「 むらメディアをつくる旅 」を開催しています。今回は川上村役場で働く森本倫巨(ともみ)さん、鈴木健太さんをインタビューし、インタビューに参加した2名(山本ひろとさん、冨羽一成さん)が記事を作りました。川上村のホームページには山本さんの記事を代表例として掲載しています。本記事では、冨羽さんが作った記事を掲載します。

人口約1300人の村役場。
都会の役場とはちょっと違う、利害を超えた「村民と役場」の関係とは。

みなさんは、”地方公務員”にどのようなイメージをお持ちだろうか。ネット上では様々な意見があがっているが、一概に言うことはできないのかもしれない。

 今回は川上村役場で働く、定住促進課の森本さん、地域振興課の鈴木さんにインタビューを行った。


 森本さんは、本庁勤務5年目。川上村出身で、村内で道ゆく人の顔を見れば、「あの人ね」と大体わかるのだという。主に、空き家バンクなど、移住者の受け入れ支援の担当をしている。休日出勤はあるが、仕事を成し遂げた時の達成感は大きいという。私は川上村に移住してきたばかりだが、我が家を紹介してくださったのも森本さんだ。


 鈴木さんは、新規卒業者で今年度から川上村役場で勤めている。出身は大阪で、高校までを大阪で過ごし、大学時代は広島で過ごした。子供の頃から、毎年お盆になると川上村の祖母の家で一週間ほど過ごしていたという。広島県内でも内定していた企業があったが、村での思い出や、祖母の住んでいた家が残っていたこともあり、村で暮らすことを決めた。農業委員会の事務局、有害鳥獣の駆除に関わる仕事を担当。村の観光・物産イベント事業のスタッフをすることもある。有害鳥獣の駆除業務の1つに、駆除された獣の尻尾と、提出された写真の照合作業があるそうで、最初は戸惑いもあったが、今では慣れてしまったのだという。


●川上村は「不便」なのか

 村の95%が森林であり、マップアプリで川上村を空から見ればほとんどが緑である。ゆえに「不便そう」「なにもなさそう」と思われがちだが、実際のところはどうなのだろうか。
 もちろん、自然を求めて村へ移住されている方もいるわけだが、ライフスタイル自体は都会と全く違うわけではない。鈴木さんもまた、川上村へ来る前は不便さを心配していたが、実際には色々な支援もあり、不自由さを感じることは少ないという。


●アットホームな役場

 川上村役場には、都会の役場のような「案内所」がない。その代わり、役場へ入れば課の分け隔てなく誰かが声をかけてくれる。時には、副村長から背中をポンとたたかれて「川上での暮らしは慣れたか?」と親身に話していただける、アットホームな場所だ。

 そんなアットホームな雰囲気は、役場を訪れる人にだけではなく、職員同士にも広がっている。森本さんは、プライベートのことも含め色んな相談に乗ってもらえる職場だという。役場職員は全員で60人ほどであるため、職員同士の距離も近い。そのため、一人一人の仕事に対する責任も大きくなるという。


 そんなアットホームさゆえか、入庁早々の4月、鈴木さんはホテル杉の湯での記念事業のプレゼンを任されたのだという。本番直前、あまりの緊張で鼻血が出てしまったそうだが、それが話のいいネタとなり場が和んだと、笑いながら話してくれた。

●これからの川上村のためにできること

 お二人とも、役場職員は住民に寄り添うことが一番大切だと話していた。しかし人口減少は続いており、村の認知度も決して高いとは言えず、課題も多い。そこでお二人に、これからの川上村のためにできることについて伺った。

 そこで森本さんは、「◯◯×空き家のリノベーション」ができたらと考えているそうだ。多くの空き家が川上村内にはあるが、耐震性などの問題を抱えていて、改修が必要な状態の空き家が多いという。

DIYに興味がある人や村内の木工作家などとコラボし、改修と同時に空き家の価値をより高め、移住の促進につなげることはできないか。また、空き家のリノベーションを通して生まれた新しい繋がりが、関係人口を増やすことにもなるではないだろうか。


 鈴木さんは、例えば「テクノロジーを利用した観光PR」はできないかと話す。バーチャル体験のできる「VR」など最新技術を使い、豊かな自然を五感で感じてもらう。より遠い場所に住む人たちに「川上村」を知ってもらい、観光で川上村を訪れるきっかけにできないかという。

 こういった提案をする機会は都会の役場職員にもあると思うが、小さな役場の方が実行に移しやすいのではないか。簡単に実現するものではないが、職員のモチベーションを高く保つきっかけにもなる。


●村民を支える役場、役場を支える村民

 村民は気さくな人が多く、お祭りなど村民主体のイベントには多くの人たちが参加する。また役場との距離感も近く、互いの情報が伝わるのも早い。各集落がかかえる課題が見えやすく、役場の仕事がスムーズに進むこともあるという。

 昨年の台風で、一週間近く停電になった集落があった。夏場であったため、冷蔵庫の中身もダメになり、多くの人が苦しい境遇で一週間を過ごした。村長が集落を訪問すると、その地域の人から「電気が通らないくらいどうってことない」という言葉をかけてもらったそうだ。そのことを聞いた役場職員は驚いたという。村民同士で知恵を出し合い、自分たちで出来る限りのことをする姿に、職員も救われたのだという。

 村民を支えるのは役場の仕事。しかし、決して一方的ではなく、村民も自然と役場を支える。誰かが意識的にやっているわけではない、自然と互いを支え合う関係こそが、これからの川上村を支える大きな力になるのではないだろうか。